白色のお揃いのセーラー服

でんぱ組のセーラー服が白色のお揃いのセーラー服になっていた。

事前にtwitterで知っていたとはいえ、やっぱりとりま東京公演で見て驚いて、でも何かが腑に落ちた。

 

私にとってでんぱ組の衣装といえば、それぞれの体格に合わせた全員バラバラの個性的な衣装、そして愛ま先生によって描かれたセーラー服だった

特にセーラー服は、何度も”セーラー服”という形をたもちながらも更新されていったものだったからでんぱ組のアイコンのようなものに感じていた。

 

でんぱ組のセーラー服は普通のセーラー服と違う。

 

現代のセーラー服というのはいわゆる制服で、どれも同じで誰でも着れるものだ。

でも、でんぱ組のセーラー服は愛ま先生によって着る人の顔が描かれたものだ。

でんぱ組のメンバーしか着れなくて、しかもその人にしか着れない。

同じでんぱ組でも違うメンバーだったら着ることはできない、唯一無二のものだった。

 

 

しかし、新しいセーラー服はまっさらにどれも同じで、誰でも着れるまさに”制服”だった。

 

それを見た時、でんぱ組は本当にこれからもメンバーが入れ替わりながら続いていくグループになるんだなぁと思った。

 

あの白いセーラー服を着ればでんぱ組.incになれる。

 

それこそ学校のように何年も何人になっても誰になっても続いていける。

 

でんぱ組はもう「この6人だから」でもないし「誰も欠けちゃいけない」わけではないのだから。

 

私はそれがすごい悲しいと思った反面、希望があるような気がしてる。

 

そもそもセーラー服といえばでんぱ組となったのは、これまでのあのセーラー服達があったからで。

それがあったからこそ、今真っ白のセーラー服になれたんだと思っている。

 

今までが全部繋がっているんだと思えた。そしてこれからも繋がっていると信じている。

 

夢眠ねむ卒業公演のWWDBESTに救われた話

2019年1月7日、2017年の12月30日の大阪城ホール公演以来のでんぱ組.incのライブに行ってきた。

正直、城ホ以来未練がましくブログを書くくらいにはでんぱ組が好きで、iPhoneからでんぱ組の曲を全部抜いてなるべく離れるようにするくらいにはでんぱ組が無理だった。

 

でも"夢眠ねむ卒業"を聞いて、もう本当に会えなくなるんだ、最後に一回くらい会いに行こうと思ってチケットをとった。

第一希望をA席にして遠くから見れればそれでいいなぁ、そして夢眠ねむ卒業とともに私ももう未練がましい思いは断ち切ってでんぱ組から卒業しようと思っていた。

 

ライブはなんとなくノってやっぱり花束を渡すシーンとかはとても寂しくなったりしながらも、凄く穏やかな気持ちで見ていた。

 

でもアンコールで出てきて最後の曲が発表されたとき、穏やかな気持ちでなんていられなくなった。

歌われた曲はWWDBESTだった。

まぁ最後はORANGE RIUMとかだろ~って思ってたらまさか過ぎて涙も引っ込んで、頭の中には「何故?」という気持ちであふれていた。

あの6人でしか歌わないんじゃないの、WWDシリーズは封印したんじゃないのと。

WWDBESTはあの6人を象徴するWWDシリーズの文字通り至上のものだと思っている。それがまさか歌われるなんて。

 

そんなことを考えながらも、WWDBESTを聞いた時私が思い出していたのは、心の中に思い浮かべていたのは2度目の武道館での姿で、もがちゃんのことだった。

 

でも目の前で歌って踊っているでんぱ組にはもがちゃんはいなくて、でもそれでもWWDBESTは歌われていて、彼女たちこそが今のでんぱ組だということがようやく理解できるようになった。

 

それは12月30日から当たり前のことではあったけど私がようやくもう一度でんぱ組.incが大好きでもっと応援していきたいと思えたのは、このことをちゃんと見て分かったからだと思う。

もがちゃんがいなくてもWWDシリーズの最高峰であるWWDBESTは歌えて、ちゃんとでんぱ組のパフォーマンスになる。寂しいような気持ちもしたけど、私が好きだったものは思い出で、もうない。でもちゃんと目の前にも好きなものがいる。

そう思うことができた。

 

私は新しいでんぱ組.incを好きになることは、あの6人のでんぱ組.incを好きではなくなることだと思っていた。どっちも好きだとか、昔も今もどっちもいいなんて言えないと思っていた。

でも、過去のでんぱ組も今のでんぱ組も同時に同じくらい好きでいることは不可能なことではないってことがあの瞬間にようやく分かった。

私の好きだった「6人のでんぱ組.inc」はどうしようもなく大切だけどもう今はない過去のもので、かけがえのない思い出。ようやくちゃんと思い出にできた。

単純かもしれないけどそれだけあのWWDBESTは私にとって特別な出来事だった。

 

もう一度でてきたねむさんはただの一オタクみたいな恰好をしていた。

でんぱ組.inc見納めなんだって気持ちじゃない?」「ねむきゅんがいないでんぱ組見るの怖いから、ライブ行かんとこうってなってるでしょう」って言ってて全部オタクの考えていることなんてお見通しなんだなぁと思った。

「私が一緒に見てあげるから、怖くないから」

ずっと誰かに言って欲しかった言葉だった。

その言葉を言うのずるいなぁって思いながら、ねむさんがいない新しいでんぱ組.incをドキドキしながらも「どんなでんぱ組.incかな?」なんて12月30日は考えられないくらいワクワクしながら見ることができた。

 

新しいものを、前と違うものを受け入れるのは前はとても怖かった。

でもねむさんが一緒に見てくれたからもう一度でんぱ組.incが大好きだという気持ちを自分の中で受け入れることができた。

夢眠ねむさんがどこまで何を考えてセトリを組んだとかは分からないけど確かに私は救われた。

永遠の魔法少女未満の最後の魔法なのかもしれないし、魔法でもないのかも分からないけど武道館に行って夢眠ねむさんを見送ることができて本当によかった。

 

夢眠ねむさん、本当にありがとうございました。

そしてご卒業おめでとうございます。

 

 

4月10日のでんぱ組.incのライブが楽しみでたまらないです。

 

 

 

with3月号の岩橋玄樹の発言に胸が打たれた

『一番考えるのは、どうしたらファンの人が喜んでくれるか。僕にとってPrincessの存在は、命のようなものなんです。Princessがいてくれるから今の僕がいる。プライベートもすべて、人間としての欲は捨ててPrinceとして届けたい。アイドルとして生きるって決めてから結婚っていうものは考えなくなりました。Princessのみんながいる限り、絶対できないものって思ってます。』(with 3月号)

 

 

インタビューを全てありのまま受け止めるのもあれだなぁとは思うのですが、それでもこの言葉には胸を打たれました。

21歳の彼は文字通り大人だけれど、それでもまだ21歳、むしろ人生が始まっていく人間が発する言葉とは思えなかった。

 

半端な覚悟ではこんなこと絶対言えない。

 

結婚は絶対できないものって言っているけれどそれこそ5年後、10年後と言わず明日にもこの瞬間にも本当に大切にしたい人と出会うかもしれない。

その可能性を知りながらも全部を捧げるという心に正直言って動揺した。

頭が一瞬真っ白になるほどだった。

私は岩橋担の者ではないがここまでの覚悟をした彼に敬意を表さずにはいられない。

 

「アイドルだって人間です」

よく言われる言葉だ。私はあまりこの言葉が好きではないのだが本当にその通りだ。アイドルだって人間だから結婚する権利はもちろんある。普通の人間として当たり前の権利だ。プライベートだってあるし当たり前の欲望を持って生きる。それを誰が責められようか…。

 

それなのに玄樹くんは人間としての欲も、プライベートもあるのを認めながら捨てるといった。

ふとそこまでの覚悟を持ったアイドル、岩橋玄樹にオタクは報いることができるのかとまで考えてしまった。

いや、報いるってなんだよ…という話ではありますが……

 

必ずしも結婚という道が全ての人間にとってない1番の幸せな道かと言われるとそうではないし、アイドルの玄樹くんにとっては『一生アイドル』という道が現時点では1番の幸せな道であるんだろう。

玄樹くんにとっての『完璧なアイドル』は分からないけれど玄樹君が信じる道を歩んでいけますように。

 

King&Princeデビューおめでとうございます。

 

私のアイドルは古川未鈴です

今週のお題「私のアイドル」

いまやDDとなり多くのアイドル、もはやアイドルそのものが好きになっているがやっぱり私のアイドルはでんぱ組.inc古川未鈴である。

あんなにもひどい記事を一つ前に書いたにも関わらず未練がましいがやっぱり今でも大好きだ。

 

 

でんぱ組.incを好きになるきっかけとしてよくWWDシリーズに象徴されるような、オタクである彼女たちが輝いていることに励まされたというのをよく聞く。

でも私はそんな励まされたとかいう劇的な出会いはなく当時好きだったバンドのドラマーがでんでんぱっしょんをRemixしていたのがきっかけで、キャッチーな電波ソングに惹かれただけであった。

だから最初は歌ってる人間にそんなに興味もなく、MVもほとんど見ていなかった。WWDシリーズも曲調が好みではないという理由でほとんどきいていなかった。

しかしある日なんとなくサクラあっぱれーしょんのMVをみたときに古川未鈴に出会ってしまった。

 

www.youtube.com

 

ちょうどサムネイルで表示されている「君の未来を明るく照らすなんてお茶の子さいさいさい」と歌っているときである。

6人だからほんのちょっと不格好にセンターに立っていても紛れもなくでんぱ組のセンターは古川未鈴しかいないと落雷を受けたようだった。

未鈴ちゃんがキリっとした顔をした後、あまりにも笑顔だったから本当に未来を照らすなんてお茶の子さいさいだと思った。

その瞬間が好きになった瞬間だった。

 

それ以来ライブに行ったりオタク活動をするようになった。

どんどん見るたびに知るたびに好きになっていたけれど私は接触イベントに参加することはなかった。

何をしゃべればいいか分からないしライブが見れれば当時の私にとっては十分だったからだ。

しかし2度目の武道館後の写真集発売イベント、私は参加券を手に入れるべく渋谷を走っていた。

イベント参加券配布を当日に告知され、参加するか悩む暇もなかったというのもあるがどうしても自分の想いを伝えたくなってしまったのだ。

「武道館とてもよかったです」「次のライブ楽しみにしています。ずっと待っています」ありきたりな言葉だけど、初めて伝えたい言葉ができてしまった。

だけど私はその言葉を伝えることはできなかった。

イベント当日ありえないくらい心臓が早くてもすんなり言えるようにずっと頭の中で言葉を繰り返していた。写真集の感想も言おう、そう決心していたけれど自分の番になっていざ未鈴ちゃんの声をきいた瞬間涙腺が崩壊してしまったのだ。

普段、生理的な涙以外ほとんど流すことはなく、感動するという映画を見ても小説を読んでも泣くことはない自分が泣いたことに驚きと恥ずかしさでこの場からすぐに消えたい気持ちになった。

武道館のメンバーの言葉にも涙を流したがまさかHMVで泣くことになるとは思わず、情けなさ過ぎて未鈴ちゃんの顔もろくにみることができずごめんなさいと謝るしかできなかった。それでもこんなオタクにも未鈴ちゃんは優しく接してくれて申し訳なさ過ぎてさらに泣いてしまった。

 

あのときなんで泣いてしまったのか私はあまり分かっていない。

会えて嬉しいとか感動したとかそういう気持ちがこみ上げてきてというべきなのかもしれないけれどなんか違う気がしてしまう。好きという気持ちがあふれでたのだろうか。それにしてももう少し違う形で表れてほしかったものだ。

 

よく分からないけれどそこまで感情が揺さぶられたのは生きていて初めてだった。

 

 

 

未鈴ちゃんに出会う前に好きになったアイドルはいる。

でも私にアイドルという存在を知らしめたのは古川未鈴で、あんなにも一人の人間に感情を揺さぶられたのは初めてだった。

きっとこれからもいろんなアイドルに会って泣いたり笑ったりするんだろうけれどそれも全部未鈴ちゃんと出会えたからだと思う。

 

 

好きになってから今までいろんなインタビューを読んだりしたけれどそれでも”古川未鈴”という人間が考えていることを実は私はあまり分かっていない。

ゲームが好きなこと、料理がちょっと苦手なこと、ライブが好きなこと、でんぱ組.incであることにアイドルでいることに全力でぶつかっている人間であること、諦めない強い意志をもっていること

未鈴ちゃんのことで知っていることといえばそんくらいである。

 

それでも漠然と抱いている好きという感情は消えないし行動一つ一つに一喜一憂してしまう。

未だに私は6人のでんぱ組.incを懐古し続けていて、ついていけていない状況は情けないばかりだけど未鈴ちゃんのこと本当に、本当に大好きだよ。

私のアイドルは古川未鈴です。

私が大好きだったでんぱ組.incは思い出

個人の感想です。

未練がましいことしか言っておらず不快になる方もいらっしゃると思います。

読んでくれる人のためではなく全部今の自分の気持ちを整理するために書いてます。

少しでも嫌な予感がした方はお手数ですがクローズ、ブラウザバックお願い致します。

 

 

 

 

 

 

12月30日、大阪城ホール公演で『でんぱ組.inc』に新しく2人メンバーが加わった。

 加入の話はグッズだとかペンラだとかで噂になっていたし、まさかの早ばれ笑で決定的だったからいざ新メンバー加入になってもそこまでショックは受けないだろう。

何より推しは変わらずいるんだからなんだかんだこのまま応援していくんだろうなって思ってた。あきらめないって言うならついていくしかないって思ってました。

でも無理でした。

 

2人が兼任だからとか時期が早すぎたとか3グループを売り出すための戦略にすぎないとか外部のグループを食ったとかいろいろいろいろいろいろいろ

 

いろいろ理屈を並べてたけど色んな人の言葉とかメンバーの言葉を聞いてわかりました。

ただただ自分が受け止められなかっただけだ。

ライブがなかった1年弱、オタクである自分は全く前に進めていなかった。

復活ライブを待ち望みながらも心は置き去りのまんまでした。

これは誰がとか何が悪いとかじゃなくて、もし悪いものがあるとしたら過去に執着していた私だ。

それだけでした。

 

私は箱推しではなく赤色センター未鈴ちゃん単推しの人間です。(書くまでもないですが他のメンバーが嫌いなわけではないです)

WWDに救われたからオタクになったわけでもなくきっかけはでんでんぱっしょんをはじめとした電波曲に惹かれたからです。

だから6人じゃなくてもWWDが歌えなくてもでんぱ組だと思える、形が変わろうと大好きなでんぱ組だって思えると思ってました。

 

でもいざライブがはじまったら加入の話なんて実は嘘なんじゃないかって願い始めちゃいました。あまりにも5人の、もがちゃんがいた面影を残すでんぱ組のパフォーマンスがよくてずっと見ていたかった。

まぁそんな私の淡い期待は簡単に崩れたんですけど。

 

多分誰が入ってきても私は受け入れられなかった。

 

5人じゃ埋まらないものがあったまんまでよかった。

足りない部分もまとめて好きだった。

埋まらない穴を抱えながらファンと5人で共に進んでいくっていうストーリーを信じ切ってしまっていた。

でもそれはでんぱ組.incにとって前に進むということではなかった。

 

「新メンバーもいるし仲間だもん!」

あぁ、共に進んでいくのは新メンバーだったのか。

私じゃなかったんだ。

でんぱ組.incが必要としているのはついていけるファンなんだ。

 

私はついていけない人間でした。

出発のロケットに乗れませんでした。

 

 

今回のコンセプトすごい好きです。

宇宙を救うなんて本当にかっこよすぎる。

出発にふさわしいロケット。

でも宇宙に出発していくなかで落ちていった部品はきっと自分。

ごめんなさい。

 

 

周りが優しく歓声をあげるなかペンライトをふることもできずただただ過去のことを思い出していました。走馬灯のように。 

周りが色んな想いを抱えながらも受け入れているのに、推しはかわらずそこにいるのにそれでも受け入れられない自分が本当に嫌だった。

私はファンでなかったかもしれない。自分が場違いすぎて本当に申し訳なかった。

それでもここで受け入れてしまったら6人のでんぱ組が7人に上書きされていくようで嫌だった。

でも本当は違うんですよね。

 

もがちゃんのブログ読んで思いました。

『色褪せず、ぼくの中にずっと残っています。』

新しいでんぱ組.incを応援していっても6人のでんぱ組を好きだった気持ちは色褪せない。

大切な思い出にしまいながら応援することだってできるって分かってる。

 

私の大好きなでんぱ組.incはもう思い出の中にしかない。

仮に2人が元のグループに戻って5人のでんぱ組になったとしても、もう大好きなでんぱ組ではない。

 

でもやっぱりまた6人でのステージ見たかった。

聖なるで5人のでんぱをみてもやっぱり諦められなかった。

こんなに好きだったって初めて会えなくなって気づいたのは本当にバカだと思います。

 

ORANGE LIUMの落ちサビ、もがちゃんのパート。

私はもがちゃん推しだったわけではないけれど何度もきいたあの声が大好きだった。

そのパートを新加入の2人が歌ったとき、あぁもう私の大好きなでんぱ組.incはもう2度とみることができないんだ、本当に終わったんだって思うとただ悲しいです。

諦めるしかないってようやく気づけました。

 

 

「公開された新曲の歌詞にいまの想いが全部こもってます」

 新曲の歌詞は本当に前だけ向いていて、曲調もこれぞでんぱ!という感じで門出にふさわしくて眩しすぎた。

自分の理想とアイドルが解離し始めたら離れていくしかないですね。

全て理想を押し付けようとした自分が悪い。いなくなります。

ついていくって言ったけど結局私は覚悟が足りてなくて思い出を大切にすることだけで精一杯です。ごめんなさい。

 

 

他界した人間は屍となるしかない。

もともと屍を越えていくアイドルが好きだったので自分が屍となれたなら本望なのかもしれない。

そもそも私の大好きな6人のでんぱ組.incはもうとっくに思い出のものとなっているのだから他界も何もないのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

ちゃんと私が大好きなでんぱ組.incの終わりが見れて、最後にでんぱれーどJAPANを5人で歌ってる姿が見れて幸せです。

 

6人だから絶対にセンターに立つことのない未鈴ちゃんが好きでした。

その中でさッパレとかでんぱれーどJAPANのようにセンターに立つ姿が大好きでした。

これからもずっと大好きです。

古川未鈴さんへの好きがさらに更新された

とてもセンチメンタルな気分で書いたので注意してください。

 

もがちゃんが脱退してからおよそ3か月、大阪城ホールまであと2か月。

また古川未鈴さんへの好きが更新されてしまった。

未鈴さんの言葉にまた心が揺さぶられてしまった。

とりあえずこの記事を読んでほしい。

www.social-innovation.jp

 

『逃げた経験は、きっと将来役に立つはずです。』

この言葉を言える人はどれくらいいるだろう。この言葉を言えるようになるくらいにどれだけ努力を積み上げたんだろうと考えてしまった。

『逃げてもいいよ』と言ってくれるひとはたくさいる。それでも逃げれないのは、逃げた経験が重い過去となって足を引きずることになるかもしれないと考えてしまうからではないだろうか…

そんななか未鈴さんは『逃げた経験』を肯定してくれたのだ。これから逃げる人にとっても、過去逃げた人にとってもこれほどの希望に溢れた言葉はないのではないだろうか。少なくとも自分にとってはそうだった。

 

もちろん、本当に経験が活きるかどうかは本人の努力次第の面もある。

ただ無為に過ごしてしまうことだって、逃げた経験をただの辛い過去と考えてしまうこともあるし、自分もそうだ。

皆が皆、『負けず嫌い』ではないし悔しさをバネにできるわけでもない。

それほど強いわけではないけれど。

 それでもあの言葉は、この逃げた経験でさえもしかしたら役に立つかもしれない、向き合ってみれば何か大切なことが見つかるかもしれないと希望を確かにくれる。

逃げた後悔を希望に変えるほどの衝撃を私にくれた。

 

 未鈴ちゃんはいじめられていた過去でさえもアイドルになるバネになったと、辛い過去に向き合っている。秋葉原メイド喫茶から武道館にたつというのは決して楽な道ではなかっただろうし、他のアイドルに詳しくはないのであれなのだがもう奇跡とさえ思えてしまう。それをやってのけた。それを叶えたのは(いろいろあるとは思うけれど)途方もない努力と、信念と覚悟だと思う。

それだけの信念と覚悟をもった人だからこそあの言葉は、こんなにも心にしみたんだと思う。

(もちろん私がもともと未鈴さんのファンというのもありますけど…)

 

『わたしたちがやってきたことは間違っていなかった』

武道館に初めて立った時未鈴ちゃんが言った言葉だ。

この言葉もすごい好きだ。未鈴ちゃんの信念と覚悟とそれまでの途方もない努力を感じることができるからだ。

そしてすごく希望の言葉だとも思う。自分の過去を肯定するのは難しいことだ。それでも自分も肯定できるように明日もちょっと頑張ってみようかなぁなんて思えてしまう。

大好きな人の言葉を支えに頑張れてしまう気がしてくる。

 

未鈴ちゃんは『見返してやる!』という気持ちでアイドルになったわけで『夢や希望を与えたい』というわけではないけれど私たちファンは途方もないほどに夢や希望をもらっている。だからこそ未鈴ちゃんが好きだし、頑張っている姿や活躍しているところを見ると好きがどんどん更新されてしまうのだ…… 

 

 

 

 

昨日、悲しいような夢をみた。

どっかの小学校の体育館ででんぱ組.incがライブをしていて、もがちゃんが途中でステージにあがってきて一緒に歌う夢だった。

私は友達とハグをして嬉しくて大泣きをしていた。

目が覚めたとき「どんだけ未練タラタラなんだよ…」と、でんぱ組は前を向いているのに私は…となってしまったけど。

この充電期間と脱退を優しく振り返れるように自分自身なりたいなぁと思ったし、久しぶりのライブで充電期間と脱退を肯定(という言葉が正しいのか分からないけれど)してくれると信じている。

 

12月30日、大阪城ホールが待ち遠しい。

アイドルの結婚について-本当のファンって-

推しの結婚発表がされたときどういった反応をするべきなのでしょうか。

 

某アイドルの結婚発表がされて、twitterでは嘆く人、呆然とする人、怒る人、自分の推しの結婚について考える人、いろんな人が見かけられました。

そのなかには「推しの結婚を喜べるのが本当のファン」という意見も少なからず見かけられました。まぁ今回は事情が事情だから批判の声が大きいけど。

それでもアイドルが結婚するたびに”結婚を喜べるか否か”というのが”本当のファン”

かどうかの基準に考える人がでてくる。

 

「アイドルと結婚できると思ってたの?」

 

「アイドルだって人間なんだから恋愛する」

 

推しの幸せを喜べないのはファンじゃない」

 

アイドルと結婚できるなんて思ってません。ガチ恋してたって本当に結婚できると思っている人は少ないんじゃないんでしょうか。あくまでファンとアイドルでしかないし、それこそ自分が結婚してしまったら推しはアイドルじゃなくなってしまうのだから。

 

アイドルだって人間。そんなの知ってる。アイドルは永遠に17歳じゃないし、普通のご飯食べてるし、トイレだって行くし、恋人だっているかもしれない。

それでもファンはアイドルという偶像を作り出して、夢をみて応援する。

普通の人には夢なんて見れません。

 

推しの幸せを願わないファンはいないと思います。

でもそれはあくまで”アイドル”としての幸せです。

もっと大きなステージに立てますように、CDオリオンランキングで上位に入れますように、いろんな仕事ができますように、テレビにでれますように

もっと多くの人に愛されますように

 

アイドルとして成功しますように…

 

それは恋愛、結婚したら叶えるのが難しくなることだと思います。

もちろん恋愛をしても結婚をしてもアイドルとして活躍してる人はいらっしゃいます。

でもアイドルってなんでしたっけ?

 

アイドルの定義は曖昧で人それぞれでしょう。

自分はアイドルは人に好きになってもらうのが一つの要素だと思っています。

歌やダンス、トークや振る舞いで人を魅了し、ファンのみんなが好きだよとか言ってファンになってもらう。

ファンもお金とか、そういう形で応援して。

好きになったからお金を払うんです。特定の誰かを好きじゃなくて、誰のものでもない、皆に好きを振りまいていたあなただから。

でも特定の一人を愛していたら?もう誰かのものだったら?しかも自分は決してそのフィールドにはあがれなくて、そんな中その人を好きになるのは難しいんじゃないでしょうか。

 

それに誰か一人を愛している人が、多くの人からの好きをもらいたいって思うなんて、そんなのおこがましいんじゃないですか。

 

アイドルとファンはどこまでいってもビジネスの関係でしかありません。

結局のところ自分の偶像をお金で買ってるだけです。

でもその偶像が自分じゃない誰かを愛しているのを心で分かっていたとしても決定的に示されたとしたらもうお金を払う気なんて起こるのでしょうか。

払う人は圧倒的に少なくなると思います。

 

そうしたらアイドルとしての幸せなんか望めないじゃないじゃないですか。

今の日本のアイドル業界は結婚したらアイドルとしての人生はほぼ終わりです。

それを分かってるから結婚してほしくないんです。

 

それなのに結婚を祝福できないのは本当のファンじゃないだなんて。

ファンだからこそアイドルとしての幸せを願っているだけなのに。

ファンはアイドルとしての幸せしか叶えることができないから。

人としての幸せは、叶えられない場所でしか応援できないから。

 

もう大好きだった人を応援できなくなるのを、怒って、泣いてなにがいけないんだ。

 

 

 

 

 

推しが結婚したら、あぁもうアイドルとしての人生は終わったんだな。って思うんだろうか。ついに普通の人としての幸せをつかむんですねって。

でもやっぱり幸せになってほしいだってあんなに好きだったんだから。アイドルしてたあなたが好きだった。

そう思えるのだろうか。

 

これからもアイドルとしての推しを応援させ続けてください。

それだけです。